もう一点、牧野の指導で赤堀を苦しめたことがある。それは、「腹をくくれ」「覚悟を決めろ」という言葉だ。牧野はこのフレーズをメンバーに何度も放ったが、赤堀はこの言葉をいくら考えてもかみ砕けなかった。
赤堀「覚悟って何? 腹をくくるってどういうこと? 何度考えても分かりませんでした。この公演を成功させる覚悟を持ってレッスン場に来ているはずなのに、じゃあ、その覚悟をどうやってダンスで表現すればいいんだろう……。レッスン中はそんなことばかり考えていました」
赤堀の目はこうして死んでいった。そうなるのにはもう1つ、思い当たるフシがあった。
赤堀「今回のレッスンで感じたことですけど、感情を強く持って踊ると、周りの人と揃わなくなりますよね。目立ちたくて好きな動きをしたら、全体が崩れるんです。私はそれが嫌だなと思ってしまって。私はちゃんとダンスを揃えたい人なんだなって気がつきました。研究生の頃は目立てばよかったから、周りを気にせず踊っていました。でも、今はそうじゃない。後輩もいる立場ですから。いつの間にか個よりも全体を重視する人間になっていたんです。だから、いざ『感じたものを出せ』と言われても、揃わなくなってしまったらレッスンの意味がなくなると思ってしまって。私って変わったなって、すごく思いました」
赤堀は4年前にできていたことができなくなっていた。いつしか体内に入り込んでいった協調性が、個としての輝きを奪っていったのだ。
来る日も来る日も、赤堀は「分からない……」と繰り返しつぶやいていた。それは彼女の性格によるところも大きい。
赤堀「私は誰にも相談しないんです。今回のレッスンもそうでした。同じチームのメンバーは私と同じくらい悩んでいたから、キャパがいっぱいです。それは見れば分かります。そんなところに私が相談をしたら、キャパがあふれちゃうじゃないですか。ただ、同期とはレッスンを通じて仲よくなれました。なんていうか、仕事の話をするようになったというか。それまではふざけてばかりいたので。心が強くなれたのは同期がいてくれたおかげです」
赤堀は胸に未解決の悩みを抱えたまま、レッスン最終日に参加していた。牧野アンナが参加したこの日は、1曲ずつチェックされることになっていた。
だが、半分のメンバーは心を解き放っていないように牧野の目には映った。そこでメンバー同士を1対1で向き合わせて、振り付けは関係なく、思いを伝えながら踊るレッスンをすることになった。
それでも牧野からのOKはもらえなかった。「このままではもう無理だと思う」と最後通牒を突きつけられるメンバーたち。多くのメンバーが「やらせてください」と口々にレッスンを続けてもらえるように懇願する。牧野は「じゃあ、言った人だけ。言わない人は座ってください」と告げる。すると、赤堀だけがレッスン場の壁際に移動した。
赤堀「私は『もう一回やらせてください』とは言えませんでした。さっきも話したように、覚悟を持って踊っているのに先生からOKがもらえないということは、自分が考えている覚悟の決め方が違うということじゃないですか。その状態でもう一回踊っても先生がOKを出してくれる踊りはできないと思ったんです。そしたら、列を外れたのが私だけだったから、『あれ、一人?』みたいな」