FOLLOW US

UPDATE|2022/05/21

大食いタレント・三宅智子が語るフードファイター卒業後の流浪の人生「写真集を出したことも」

三宅智子 撮影/松山勇樹



──大食いで有名になり、タレント活動を続けてきたけど、天職は飲食業だったと。

三宅 そういうことでしょうね。ラーメン屋では2年半くらい働いたんですけど、そのうち自分のお店を持ちたいと思うようになりまして。まずは恵比寿で間借りして、ランチだけ提供するようになったんです。そこは丼系のメニューが主だったんですけど。そして地元・岡山の料理を出そうとコンセプトを決め、いよいよ銀座に自分のお店『OKAYAMA DINNING 銀座みやけ家』を出すことにしました。それが2014年のことですね。

──結婚されたのも、その頃ですよね。

三宅 結婚したのが2015年で、子供が生まれたのは2016年。そこが人生のターニングポイントだったかもしれません。もちろん子供の面倒はしっかり見なくちゃいけないじゃないですか。でも旦那さんはバーを経営しているので、夜はお店に出ていかなくちゃいけないんですよ。一方で銀座のお店も2人だけでやっている小さなところだったので、私がお店に出ないと売上が急に下がっちゃうんですね。それで早く復帰しなくちゃいけないと思って、産後1ヵ月くらいでお店に戻りました。

──すごい! 1ヶ月じゃ寝返りも打てない段階じゃないですか!

三宅 幸いなことに夜泣きとかはあまりしない子だったから、そこは助かったんですけどね。お店にベビーベッドを置きながら働いていました。とは言うものの、やっぱり子供が大きくなってくると徐々にお店の経営と並行させることがキツくなってきまして。お店は大事だけど、いつでもできること。だけど子育ては今しかできないと考え、閉店することにしました。

──今はもっぱら子育てに没頭中?

三宅 子供が保育園に行くようになったので、昼間の時間にまたラーメン屋さんで働いています。私、本当に働いていないとダメになっちゃう人なんですよ~。あと最近はYouTubeの撮影にも力を入れていますね。今の夢ですか? 子供がもう少し大きくなったら、また自分のお店を出したいとは考えています。
AUTHOR

小野田 衛


RECOMMENDED おすすめの記事