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UPDATE|2023/02/23

薬物、ヤクザの息子…高知東生が波乱の半生を小説に 「諦めるなよ。こんな俺だって踏ん張っている」

高知東生 撮影/武田敏将



今回の『土竜』で描かれているのは、主に地元で過ごした青春時代。当時の状況を洗い直すため、高知に戻って取材を繰り返した。地元の仲間や母親の知り合いから話を聞く中、知らなかった新事実に突き当たることも一度や二度ではなかったという。小学校の教師が抱えるストレスや、ブルセラ業者たちの奮闘ぶりなどは、少々ネットで下調べしたくらいでは出せない生のリアリティに満ちている。

「書いている最中はキツくてしょうがなかったけど、終わってみると『まだまだ書ける題材は山ほどあるな』と思ってしまった(笑)。たとえば依存症回復プログラムで出会った人たちの奮闘ぶりなんて、まさに“事実は小説より奇なり”のオンパレードなんですよ。AV業界に関しては当時と今で状況が変わっている部分も多いようですけど、それでも奇妙なエピソードには事欠かないですしね。どれも一本の映画になるような素材なのは間違いない。『もっと読みたい』というニーズがあるなら、2作目、3作目の小説に挑戦したいという気持ちも出てきました(笑)」

作家としての高知東生が、とてつもないポテンシャルを秘めているのは紛れもない事実。だが、本人は浮かれることなく「僕はまだ回復途中。これからも戦い続けるしかない」と気を引き締める。

「人間って難しいですよ。本当に何が正しくて、何が間違えているのか……。一生懸命に生きてきているつもりでも、ふとした瞬間に“病魔”が頭をよぎってくる。僕自身、苦しみ続けた末、どうにかここまでたどり着いた感じですから。本を書きながら『お前、よく頑張ったよな』と自分に語りかけてあげたくなったくらいです。ひとつ確実に言えるのは、人間は1人では生きていけないということ。とにかく今は回復プログラムで出会った仲間と一緒に、同じ方向を向きながら明日に向かっていくというのが人生のテーマになっていますね」

作品の中では、高知自身をモデルにした主人公の竜二のほかにも「もがき苦しむ市井の人々」が描かれている。これは単なる薬物依存症患者の懺悔録でもなければ、暴力団組長の子供として生まれた男の悲劇でもない。世の中のどこにでも転がっている、魂の喪失と再生の物語と言えるだろう。

「僕はもう薬物うんぬんに関しては、実は大した問題じゃないとすら思っているんです。それよりももっと根本的なところで、『どう生き直していくのか?』という部分を見つめ直さなくてはいけない。人間、誰だって自分を変えるのは大変ですよ。僕はこの『土竜』を、一生懸命に生きている人全員に読んでほしいんですね。『諦めるなよ。こんな俺だって踏ん張っているんだから』というのが一貫したメッセージ。そのためには、まず自分を好きになってほしい。自分が自分の親衛隊長になってほしい。自分の存在価値を認めてあげてほしいんです」

どん底を見た男だからこそ、その言葉の説得力は抜群。最終章まで読めば、背中を押してくれるような前向きな感情が押し寄せることだろう。
AUTHOR

小野田 衛


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