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UPDATE|2023/06/09

異色の“仮面ライダー本”著者に聞く、「庵野秀明監督の印象は180度変わりましたね」

『「仮面」に魅せられた男たち』(著・牧村康正/講談社

映画『シン・仮面ライダー』が公開される中、異色の特撮本『「仮面」に魅せられた男たち』(著・牧村康正/講談社)が話題となっている。同書は1971年より放送された1作目の『仮面ライダー』誕生の舞台裏に迫ったノンフィクション。生々しくも複雑な人間関係や様々なビジネス利権など、これまで“正史”では触れられてこなかったテーマに正面から切り込んでいる。著者の牧村氏に話を聞いた。

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「『仮面ライダー』は、土俵際に追い詰められたスタッフ連中が不退転の覚悟で作ったジャリ番(子供向け番組)なんです。だけど神風が吹いたという側面が多分にあって、予算がないから苦肉の策で生まれたライダーキックがセンセーションを巻き起こした。主役の藤岡弘(本郷猛・役)が大怪我を負うアクシデントに見舞われたものの、代役として立った佐々木剛(一文字隼人・役)で人気爆発するという怪我の功名もあった。まさに、どん底からの逆転サクセスストーリーというべきかもしれない」

『仮面ライダー』の成功は東映に莫大な利益をもたらした。中でも大きかったのは出版社や玩具メーカーとの強力なタイアップだ。71年当時、テレビのキャラクターがカネを生み出すということを見抜いていた人はほとんどいなかった。メディアミックスという言葉が生まれるはるか以前のことだから仕方あるまい。

「渡邊亮徳という東映テレビ事業部のトップと『少年マガジン』(講談社)編集長の内田勝が意気投合したことで、一気に流れが変わった。それまで東映社内では子供向けのテレビ番組は“ジャリ番”などと呼ばれて侮蔑されてきたわけだけど、もうこうなるとビッグビジネスとして見直されますよ。もっとも映画人には別のプライドがあるから、一気にジャリ番が社内でメジャー扱いされることなんてありえないんですけどね。

それに加えて大きかったのは、石ノ森章太郎さんの柔軟な発想ですね。作家性を重んじている漫画家の中には、自分の作ったキャラクターがおもちゃになることを拒否するケースも多い。でも石ノ森さんはむしろ商売に対して積極的な人。おもちゃ会社から話が来た瞬間に『これは必ず番組と一緒におもちゃも発展することになる』という先見の目を有していた」

しかし、皮肉なことにこうした予想外の成功が仮面ライダーを制作した東映生田スタジオ所長・内田有作の失脚に繋がっていく。一応、自主退職の体裁は取っていたが、実際は解雇に近い形で退職金も出なかったという。事実上の懲戒解雇といっていい。理由としては、仮面ライダーショーの収益にまつわる疑惑。内田が収益金を私物化し、オイしい思いをしたのではないかという噂が流布されていたのである。

「ただ、その問題が懲戒解雇に当たるレベルのものだったのかどうかは微妙なところで。もし法的にも問題があるほど悪質なことをやっていたら、逮捕されるなり訴えられていたでしょうからね。今と違って、当時の価値基準としては企業の中でどんぶり勘定がある程度は許容されてきたという背景もありますし。それから関係者の中には『内田さんも一部では絡んでいたかもしれないけど、結果的に全部の責任を背負い込んだ格好になった』という見方をする人もいます」

内田がひとつの時代を作り上げた人物であることは疑いようのない事実だが、最後は石もて追われるようにして業界から追放された。その後はラブホテルの清掃員などいくつかの職を転々としながら、晩年は大日本印刷の守衛として働いていたという。それは落ちぶれたというよりは、1人の男が過去の栄光に対する未練を捨て、腹を括りながら別の生き方を見つけたという表現が適切なのかもしれない。
AUTHOR

小野田 衛


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