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UPDATE|2022/01/18

アイドルから振付師・プロデューサーへ、槙田紗子インタビュー「アイドルを惰性で続けたくなかった」

槙田紗子 撮影/松山勇樹

2015年までPASSPO☆として活動、卒業後は『すきっ!』(超ときめき▽宣伝部)など数々の楽曲の振り付けを担当している槙田紗子。近年ではアイドル・フェス「サコフェス」や朗読劇をプロデュースするほか、2021年からはアイドルグループのプロデューサーも務めている。そんな彼女の軌跡をあらためて振り返るとともに、プロデューサーとしての信念を聞いた。(前中後編の前編)※▽はハートが正式表記

【写真】振付師として活躍・槙田紗子の撮りおろしカット【10点】

──現在はアイドルの振付師やプロデューサーとして活躍している槙田さんですが、もともとはご自身もアイドルでしたよね。PASSPO☆脱退が2015年のことですが、これはどういった理由だったんですか?

槙田 理由はいくつかあったんですよね。まずは年齢的なこと。当時の私は22歳だったんですけど、普通に大学にも通っていたので、周りは就職活動とかで慌ただしくしていたんです。そんな中、自分のことを見つめ直しながら「この先も私はグループに残っているのかな?」と考えたとき、なんだかしっくり来なかったんです。このへんはすごく感覚的な話なので、説明しづらいんですけど。でも「PASSPO☆のメンバーとしてやるべきことはやり切ったかな」という手応えがありました。

──22歳でキャリアハイって、さすがに判断が早すぎませんか?

槙田 そのへんは時代背景もあると思います。あの頃ってPASSPO☆も含めてアイドルを始める年齢が今よりも若かったし、20歳を超えると「もういい歳だよね」みたいな雰囲気になっていたので。今となっては25歳とかのアイドルが当たり前で、30歳を超えても普通に活動を続けている方が大勢いるじゃないですか。こうなると、「もっと続けてもよかったのかもな」という気持ちも若干あるんですけど(笑)。まぁでも、あの時点では辞めることが自分の中でやっぱり自然だったんですよ。すでにアイドルを6年やっていたから、「もう限界まで頑張ったかな」という感触もありましたし。気持ち的に踏ん切りがついたんです。

──次のフェーズに向かうべきだという考え方ですね。

槙田 それに惰性では続けたくはなかったんです。これは周りを見渡して強く感じていたことで、アイドルだけじゃなくてタレントさんなどでも同じなんですけど、芸能界って言葉は悪いけど「辞め時を見失ってダラダラしがみついている」みたいなパターンも結構あると思っていて。でも私も他人事じゃなくて、「このまま行ったら自分もそうなってしまうのでは?」といった危機感があったのも事実で。だから辞めたのは100%私個人の考え方の問題。PASSPO☆というグループに問題があったわけでもないし、グループの調子が悪かったわけでも決してなかったですし。

CREDIT

取材・文/小野田衛 撮影/松山勇樹


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