小夜がただの”付き人”というキャラクターならば、おとなしく控えめな田舎娘として描くこともできたはずだろう。もしくは、小夜の過去を詳しく描き、視聴者が感情移入しやすい人物にすることもできたかもしれない。小夜に何か複雑な過去があることは伝わってくるが、直接的には描かれていないがために、視聴者はセリフの端々から想像することしかできない。苦労が伝わりにくいことで、彼女に対してマイナスな印象を持つ視聴者もいるのだろう。
『ブギウギ』では、このように”視聴者の想像に委ねる”といった場面がしばしば見受けらる。例えば、スズ子が”花田家の本当の子ではない”と知り香川から帰ってきてから、東京行きを決めるまでの3年間は全く描かれていない。ツヤも何かを悟っていた表情をしていたにも関わらず、3年の間にどんな会話があったのかは映し出されなかった。
『ブギウギ』には、現実世界で他人の過去や気持ちを全て知ることができないように、物語でも全てを無理に描かないという”リアル”さがある。小夜という人物をどう受け取り、どう解釈するか。こういう人物だと初めから提示するのではなく、想像させる。相手に対する想像力は何よりもの愛だ。小夜は、そんな”愛の本質”を遠回しに伝えている人物なのではないだろうか。
スズ子の”別の人生”とも言える道を歩む小夜という存在のおかげで、スズ子がこれまで受け取ってきた愛の大きさ、それによる精神面の成長が際立っていく。そして、スズ子がいつの間にか小夜に対して、”義理と人情”を与える人になっていることに気付かされる。
”陽”の感情が目立つスズ子に対し、小夜は誰しもが心の奥底に秘めている、他人への尖った気持ちや自己否定など”陰”の感情を引き受けているキャラクターだ。だが、自分とは正反対にも見える小夜を、スズ子は受け入れてそばに置いた。それにより、小夜は”義理と人情”を与えられる側になることができた。
私たちは皆、誰かの”義理と人情”で生かされている。いつか小夜もそのことに気付き、誰かに与える側の存在になっていくのではないかと彼女の成長を楽しみにしている。
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