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UPDATE|2022/03/13

HKT48卒業・田島芽瑠が語るアイドル人生「 “諦めよう”と思ったときに救われた秋元先生の一言」

HKT48 田島芽瑠 



まだ研究生だった田島芽瑠がいきなりデビュー曲の『スキ!スキ!スキップ!』でセンターに立ち、いきなりオリコンチャートで1位を獲得。リリースの1か月後に開催された初の単独コンサートの舞台はなんと日本武道館! 普通のアイドルであれば何年もかけて、そのステップをあがっていく過程を、彼女は加入からほんの数か月で一瞬にして昇りつめてしまったのだ。アイドルブーム最高潮だった時代ならではの現象であるが、このロケットスタートは田島芽瑠のアイドル人生に大きな影を落とす。

てっぺんからのスタートになってしまったので、その先に待っているのは現状維持か後退しかない。もちろんグループ全体としては、翌年にNHK紅白歌合戦へ初出場したり、大箱でのコンサートを連発するようになるなど、どんどん上昇気流に乗っていくのだが、田島芽瑠は4曲目でセンターの座を明け渡し、その後、徐々にポジションを下げ、9曲目でついに選抜メンバーから外れる。この間、約4年。

センター経験者が選抜落ちする、という衝撃的な展開はアイドルとしての道を諦めても不思議ではなかった。そう、最初に名前を挙げた4人の中で、最初に卒業するのは田島芽瑠ではないのか、とうっすら考えていたのだ。

「そうですね、何度も『もう諦めよう……』と思ったことはありました。そんなとき、秋元(康)先生から『目の前の結果を見すぎて焦っていないか? 人生はマラソンのようなもの。もっと長い目で見て、まっすぐ走っていけば、きっと先が見えてくるよ」と言っていただいて、考え方が変わりました。

でも、ひとりではどうすることもできなかったと思います。ファンのみなさんが支えてくださったからこそ、私はHKT48のメンバーとして活動を続けていくことができたんですよ。私はとにかく目標を掲げて、常にそれを発信していくようにしているんですけど、ファンの方もその目標に向かって一緒に走ってくれる。だから目標に到達したときの達成感がものすごく大きいんですよ! 一緒に乗り越えて、一緒にその先にある景色を見ましょうねって感じで。本当に何物にも代えられない日々でした。

いまだからこそ言えるのは『あぁ、あのときに諦めないで、辞めないで本当によかった!』ですよね。こうやって、いい形で卒業を迎えることができたからこそ、余計にそう思うんでしょうけど、もし、途中で辞めていたら、そのときは楽な気持ちになれたかもしれないですけど、あとあと『なんで辞めちゃったんだろう』って後悔したと思うし、テレビにHKT48が出ていたら、めちゃくちゃ複雑な心境になっていたんだろうなって。これはもう後輩たちにも伝えたいです。辞めよう、諦めようと思っても、一度、じっくり考えたほうがいいよって」

AUTHOR

小島 和宏


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