本来だったら、武藤彩未は昨年のTIFに出ておくべきだったのかもしれない。
CDデビューをしたのが昨年の4月だし、ルーキーイヤーにファン以外のアイドル好きの前で「お披露目」をすることは、なによりもインパクトを与えられるし、新しいもの好きのアイドルファンにとっても、これ以上の「特典」はない。
ただ、それ以上に昨年夏のライブハウスツアーの完成度がとにかく高かった。TIF前夜に渋谷で開催された千秋楽は、本人も「殻を破れた」と語るほどの快心のステージで「あぁ、このままTIFのステージに持っていけたら、かなりの衝撃を与えることができるだろうなぁ~」と思ったことを今でも覚えている。それだけアーティストと観客が充実感を共有できるライブだった。
あれから、1年。
武藤彩未が満を持して、TIFのステージに立つときがやってきた。
その1年のあいだに重ねてきた経験はとてつもなく大きいが、見る側のハードルもとてつもなく高くなっている。これは「遅れてきたスーパールーキー」の宿命。もはや、単なる「お披露目」では済まされない。
ただ、以前、エンタメNEXTで書かせてもらったように、今年の夏のライブハウスツアーもまた、充実したものとなった。その延長線上にTIFのステージがあると考えると、充実した内容になることは、もはや保証済みである。
8月2日。
武藤彩未はさくら学院からバトンを受け渡されるような形で、最大規模を誇るHOT STAGEに上がった。
この流れは昨年11月に恵比寿で開催された、タワーレコード35周年記念イベントでも見た光景。あのときは「次に出演する武藤彩未ちゃんとの思い出が詰まった曲をお届けします」という、当時のプロデュース委員長・水野由結のMCから『FRIENDS』が披露されて、袖で出番を待っていた武藤彩未は思わず感涙を流した。
この日も舞台裏で涙ぐんでしまった、という武藤彩未だが、自分にとって大事なステージを控えている緊張感が涙の勢いを上回った。普段のライブではこちらがびっくりするほど緊張の色を見せない彼女も、さすがに「はじめまして」のお客さんが目の前にたくさん広がるステージには緊張の色を隠せなかった。
思っていた以上にさくら学院の回からお客さんの入れ替えが多かったが、それよりも気になるのは、客席後方の立見エリア。ここには屋根がないから直射日光がガンガン当たる。誰でもフラッと見に来ることができるが(それこそTIFのお客さんだけでなく『お台場夢大陸』に遊びに来た“非アイドルヲタ&rdquo:のお客さんも観覧することができる)、それだけにちょっとでもつまらないと判断されたら、パッと立ち去られてしまう。
そんなお客さんたちの動向が気になって、客席を移動しながら、ステージを眺めていたのだが、ライブハウスツアーで披露した、スタートからノンストップで攻める迫力のセットリストはこの日も健在。自己紹介すらも曲のイントロに内包して、ただひたすら盛りあがる曲を歌い、踊りまくる。
本当だったら、もっといろんな魅力を見てもらうべきなのかもしれない。しかし、限られた時間の中、それも真夏の太陽が照りつける、という過酷な状況下でのステージで、この日、はじめて武藤彩未を見る、という人たちを意識したら、この一点突破主義のセットリストで大正解だったと思う。
アルバムは2枚、リリースしているけれども、まだシングルは出していないという特殊なキャリアを歩んできただけに、初見のお客さんはおそらく彼女の曲をまったく知らない。
だったら「MC力もあるんです」「バラードもしっとりと歌えるんです」といったポイントは、この日、夢中にさせて、あとから単独ライブで知ってもらえばいい。とにかく、このステージでは「武藤彩未」を知ってもらうことが最優先事項。そして、なにより1曲目に披露した『宙』に、ありとあらゆる武藤彩未の魅力につながる要素が含まれているのだから、十分に伝わるものはあったはずである。
立見エリアで一旦、立ち止まった他のアイドルのTシャツやタオルで身を包んだお客さんたちは、結構な割合で、そのまま最後までライブを楽しんでいってくれた。きっと、それだけでTIFに出た意味はあった。
本来ならば、この日のステージでアルバムのリリースと、クリスマスライブの開催が告知される予定だったのだが、それすらも吹き飛ばして、持ち時間の最後の1秒まで、ひたすら歌声を届けることだけに専念した。
告知も大事だけれども、それでステージの世界観が崩れたり、せっかくの余韻が掻き消されてしまうぐらいだったら、今日はやらないでおこう、という判断だったようだが、そういう判断をしてくれるスタッフに恵まれている彼女は幸せである。
私は、ここにいる。
武藤彩未は、ここにいる。
ソロアイドルのトップランナーは、今、ここを走っている。
そんな叫びがお台場にこだまする様なステージは、彼女のアイドル生活の中でも、とても重要なものになるに違いない。
(撮影/泉 三郎) 小島和宏 1968年生まれ。週刊プロレス記者として8年間活躍し、現在はフリーライター&編集者として、エンタメ分野を中心に活躍。近年はももクロやAKB48などのアイドルレポートでファンの支持を得ている。最新作『ももクロ見聞録』が発売中。