ウーバーイーツでアルバイトをしている社長令嬢として注目を集め、グラビア界に新風を巻き起こした橋本萌花。今では『週刊ヤングジャンプ』の表紙・巻頭グラビアを飾るなど各誌に引っ張りだこになっている彼女に、改めてこれまでの軌跡を聞いた。(前後編の後編)
>>前編は
こちら【写真】橋本萌花のナチュラルな魅力が輝く撮りおろしショット【10点】──橋本さんはグラビア活動を始めたとき、「美しすぎるウーバーイーツ配達員兼社長令嬢」と話題になりました。親の支援を受けずに、ウーバーイーツの配達員をしていたそうですが、どういうきっかけで始めたんですか?橋本 エンターテイメントショーを行っているお店でのバイトを辞めた直後に、コロナ禍になったんです。まだ芸能のお仕事はほとんどないし、コロナ禍の影響でバイト自体も限られているし、しかも急なオーディションにも対応できる職場じゃないといけない。それで、当時需要が増えていたウーバーイーツ配達員を軽い気持ちで始めました。もともと運動が好きなんですけど、コロナでジムにも行けないし、いい運動にもなるなと。
──事務所に入った途端、コロナ禍でモチベーションは下がらなかったんですか?橋本 一時期は下がりました。事務所に入ったのは失敗だったかも……みたいに思いましたけど、昔から芸能界を目指していたので、急にお仕事が入ってこないのも分かっていましたし、くよくよしてもしょうがないなって。
──ウーバーイーツはいつまで続けたんですか?橋本 積極的にやっていたのは今年の2月ぐらいまでです。なので期間としては半年ぐらい。それなのにグラビアを始めた頃はそこをいじってもらえて、ウーバーイーツのバッグを持参して撮影をすることもあったので、ありがたかったですね。
──事務所に入ったときは、どういう活動を軸にしたいと考えていたんですか?橋本 やっぱり歌をやりたかったですけど、そんな簡単に歌手デビューできないのも分かっていたので、「何でもやります!」と事務所の方には伝えていました。